ヨーロッパ 碁 コングレス
50th EUROPIAN GO CONGRESS 2006 FRASCATI

ローマの碁会)



                                           加田美保子





会場の

フラスカーティ














今年の(2006)のヨーロッパ・碁・コングレスは
イタリアの首都ローマで行われた。

会場となったフラスカーティは、
ローマの南東郊、アルパノ山地のある町で、
ローマから車で約1時間弱のところの近いところにある。
多くの参加者は、バス・鉄道・地下鉄などを乗り継いで参加した。

参加者は、日本を出発する直前は500人(内日本人は70名)で
もっと多いと、思っていたのに、少し少ないのではと怪訝だった。

それは、開催地がイタリアという結果、
東ヨーロッパの人達の参加がゼロに等しいからだそうな。



今回の同行者は
ラッキーなことに橋口美香先生と井上泰子さんである。
そして、コングレス常連の井崎ご夫妻と5人でローマへと向かった。

会場
私と井上さんは1週間の大会に参加した。
対局場は、ホテルと美術館の2箇所である。
私達は、ぎりぎり上位の会場になった。


1局目は午後からだったので、午前中はローマまで見物に出かけた。

ローマへは鉄道で行くことができるが、
川村麻紗子さんが「バスと地下鉄が一番楽よ」と教えてくれた。

ところがあいにく休日であったため
バスの時間は2時間に1本という状態だった。
「電車が速い」「バスで帰ろう」と地下鉄・バス停・鉄道を行ったり来たり、
東京の米村さんが「ローマ・マラソン」と名づけた。

ルクセンブルグ



Nguyen君のこと

午後3時からの対局で、急いで帰ったから、
私は汗びっしょりで、はあはあ…言いながら席に着き
水を飲んで息を整えた。

私の前の席にはにこやかな少年が座っていた。
立てば、長身で、15,6歳の聡明そうな男子だった。
名前はNguyen,Ngoc Cuongと言った。

そしてもう一人来てなにやら話していたと思ったら
その人が「席を間違えていた」と、
Nguyen君と、入れ替えて、対局した。


あるとき、そのNguyen君が近づいてきた。
彼は数人の少年と来ていた。
彼は「ジョウセキジョウセキ」と言ったので、
これは美香先生の出番だ。

先生と彼は碁盤の4分の1くらいさらさら並べている。
どうも星に両掛りの変化のようだ。

そして、Nguyen君は美香先生に指導碁を打ってもらった。
彼は非常に喜んで扇子をばたばたしていた。
扇子には「呉清源」とあった。

彼はベトナムの難民で今はルクセンブルグに住んでいるようだ。
先日のアマ世界大会にも参加したようである。

ちょっと印象に残った一人である。











もてもて
オードリ・美香









美香先生の
ファンクラブ








碁吉会の
看板棋士












すっかりスマートに変身された美香先生は、
きれいなお洋服にかかとの高いおしゃれな靴でとてもチャーミング

「オードリ ヘップパーン?」と言っている声が聞こえてきた。

会場内を引っ張りだこで、忙しく、
まあ、よく走っておられた。



ある日、美香先生を囲んで食事会があった。
総勢30数人。美香先生の人気はすごい!

     

重野由紀先生が「皆さんイタリアにようこそおいでくださいました。
いっぱい楽しんでくださいね」とおっしゃった。



前半戦が終わるころ、美香先生のファンクラブができた。
会長の座を東京の甲斐さんと下関の吉田さんが争っている。
彼らは少年のように屈託がなく明るい。

そんな一面を引き出してくれたのも
優しく美しい美香先生ならではと思う。

美香先生の指導碁を受けた人達は
サインをもらって「お守りにします」とうれしそう



そんなこともあって碁吉会の話で盛り上がった。
いまや美香先生は碁吉会の看板棋士であることを皆さんに紹介した。


会場はフラス・カーティという町で
白ワインのおいしい産地だそうです。
高台で最初は暑かったですが、だんだん涼しくなってきて
秋の気配を感じさせました。

ローマに比べて非常に安全な町で
目つきの悪そうな方はいませんでした。

夜になると、どこからもなく大勢の方がやってきて
町は夜更けの2時ごろまで活気づいています。

ワインを飲みすぎて夜中に帰っても
町中の人がいたので安心して歩いてました。
でも、皆さん心配して送ってくださいましたが。

イタリアン料理は海の幸が多く、
日本人にはとても食べやすい料理でした。
本場のスパゲッティやピザなどホントにおいしかったです。
町中のレストランを食べ歩きしたような感じです。

毎晩、皆さんで ここがおいしかった、
あそこがおいしかったと情報交換し、
あっちこっちに行き、
最後は中華料理屋を見つけ、
そこに皆が足を運んでました。

私はそこのトイレでカギがこわれてて閉じ込められました。
冷や汗が出てきてどうなるかと思っていたら
15分ほどしてから加田さんと井上さんに助けてもらいました。
ほっとしました。

皆、それぞれいろいろありましたが、楽しく過ごしました。
また、来年も行ってみたいなと思ってます。

                        橋口美香より


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関西三人娘
二年前のツホーラ大会では、武田さんが
たよりなげな京都の三人の女性・河端・井上と私を
「京都三人娘」と呼んでやさしくしていただいたものだ。

しかし、同じく、武田さん曰く
「今回のローマ大会では自ら関西三人娘と名乗って」とか、
ずいぶんパワーアップしたね」とか言ってからかってくる。

「はぐれ4」
チーム

奮戦す

もう一つの楽しみはチーム戦である。
名古屋の男性・井上さん・私のチームが出来上がった。

チーム名は「はぐれ4」
プロ棋士もチーム戦に出られることを知って、
私の美香先生がどこかのチームにさらわれた」と
井上さんは嘆いていた。


美香先生を夜、ホテルまで送って行って、お庭でおしゃべりしていたら、
ちょうど日本から武宮先生と重野先生が着かれました。


                          井上泰子

バチカンのスリ
楽しみといえば、ペア戦とチーム戦である。
水曜日は対局のない日でペア戦が予定されていた。
私は東京の岡田さんとエントリーした・・・ツモリ

しかし、私の知らないところで、岡田さん合意の上で観光に変更されていた。

われわれも急遽変更、バチカン観光にした。
名古屋から参加された宮崎さん、武田さん、岡田さんと
われわれ関西三人娘である。

ところが、
地下鉄のテルミニの駅で男性と女性がはぐれてしまった。

途端、悲しむべきことに、私はスリに遭ってしまった

井崎さんからは「碁を打ってたらよかったのに、とか、
碁やったら、石取られても取り返せるのに」と慰め?られた。


今は昔
碁吉会の
ベルリン大会

 
ドイツ在住の河内さんが「私はベルリン大会が始めてなんですよ、
ベルリンには碁吉会からたくさん来ていましたね。

そして、その中の女性3人が夜8時からの対局ができないと
悲しんでいたのを聞いたことがあります。」と言った。
あっそれは私です」と井上さん。

懐かしい2000年のベルリン大会を思い出した。